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基本理念

基本理念

2018年度理事長 須藤 立也

2018年度理事長 須藤 立也

すべては人と地域の未来の為に

大切に「想う」事からはじめよう

基本方針

大切な「人」の為に汗を流す事業の実施
大切な「地域」の為に時を費やす事業の実施
頼れる「仲間」の拡大事業
過去と未来の「架け橋」となる事業の実施
よき「冒険」であれ

はじめに

 何処かでまた委員会が行われている。見渡すと活発な意見をする者、腕を組み熟考する者、聞き役に廻る者、場の空気をよみ加減のいい質問をする者、様々である。入会当初の自身を振り返ると、的はずれな発言や質問をしてきた事だろう。ろくな成長もしないまま理事となった。まともな意見はおろか質問なんてされたものなら返答に冷や汗をかき恥をかいたものだ。理事という機会を通じ、あれから多くの人と出会い経験と刺激を頂いた。「ダイヤモンドを磨くにはダイヤモンドを用いる」同じくして「人を磨くのは人である」そう実感しております。

大切な「人」の為に汗を流そう

 青年会議所活動には、一つとして楽なものはない。
日々、様々な場面で議論を交わし、足を運び、教わり、考え、それを構築しては振り出しに戻され、また頭をひねらせる。これで完璧とさえ思える計画が、また誰かに落ち度を見抜かれる。眠い目をこすりパソコンに向かっている姿が容易に想像できる。
青年会議所の会議風景を見ると、すぐに気付くのがパソコンを用いた会議である。人と同じ数だけのパソコンが議場に並びその画面の前に人がいる。JC活動を通じパソコン技術を磨いたメンバーをたくさん目の当たりにしてきました。まさしく自己の成長を遂げた姿である。しかしその技術成長だけでは、打ちのめされるのがこの青年会議所の楽では無いところである。莫大な情報と自身の思いのたけの両面を打ちだし議論をするのだ。その思いがメンバーに伝わり、賛同をへてはじめて我々の運動は発信されていくのです。明るい豊かな社会を築く事を目的とする我々の活動に一番必要なのは資料やパソコンではありません。いつもそこには熱い情熱をたぎらせた「人」がいるのです。様々な人がいるこの世の中で、まずはそれぞれの心の中にいる大切な「人」を想う事からはじめよう。家族、友人、恋人、誰でもいい。その人の為になら汗を流す事さえいとわない。そう想える人の為に汗を流そう。やがてその想いは大切な人へと伝わると確信しています。その汗は明るい豊かな社会を築く礎であります。

大切な「地域」の為に費やそう

 この地域に生きる一人の人間として、自分の住む地域はどうあるべきか。考させられたのは今が初めてではない。振り返ってみるとそれは数年前、青年会議所で理事を初めて経験した時である。目の前で、膨大な時間をかけ本気で地域の問題点をあぶりだし、それに向かって本気で取り組む姿を見せつけられた。感銘を受けました。青年達が本気なっている姿はすさまじかったが何処か暖かく地域を愛おしく想っている姿に心を揺さぶられました。「子供たちや孫にどんな未来を残したいか?」「どんな社会を創造してあげよう」「理想とする社会と現実の違いはどこにあるのだろう」そして我々は何が出来るのでしょうか。私はこの地域に住む全ての人が、自分たちの地域に誇りと愛着をもち、自分たちの未来に引き継いでいきたいと想えるまちを創りたいと考えています。青年会議所活動は40歳までと言う限られた時間の中で、その「まちづくり」を達成し、それを終えるものではありません。いつも更なる高い志と使命感をもち、地域に根ざしより良いものにするべく、様々な場面で積極的に「まちづくり」に参画し信頼されるJCとなって参ります。その街角では笑顔で挨拶が交わされ、感謝の言葉をかけあう、そんな姿を日々見る事が出来るのです。

頼れる「仲間」の拡大

 青年会議所活動をしているとふと思う事がある。それは、「最近あまり見かけない仲間」の事だ。きっと仕事が溜まっているのだろう。本業に穴を開けてしまった。事情は様々である。しかし仲間の誰かが、その分の時間と労力を費やしていたのだ。やがてそれを助ける仲間が現れその仲間の頼もしさに心から救われる。その辛さを共有してくれた者同士は強いきずなを築いている。委員会内ではよくある光景である。我々の事業展開のその中には三信条である「修練・奉仕・友情」があり、それを全うした時に、何にも代えがたい一つの感情を抱きます。それは「仲間との達成感」であります。青年会議所活動をする事で、この達成感に勝る醍醐味ありません。是非一人でも多くの仲間をつくり「仲間との達成感」を、その側で感じ、辛さも喜びも多くの仲間で分かち合いましょう。その頼れる仲間がいる限り我々の活動の歩みは止まる事はありません。

過去と未来の「架け橋」となる

 約二十年前、大学進学をきっかけに四年間だけこの弘前を離れた。学生生活中は勉強にスポーツに遊びにと様々な時を過ごしました。その学生生活の中でも特に記憶にあるのは「長期休み」の過ごし方である。様々な県から集まった友人とその休みを、まずは何処で過ごすのかを話し合うのだ。この話し合いの果てはいつも、自身の故郷に友人を招く為の故郷自慢を交えたプレゼンの様なものだ。あの姿は今思えば、各々の故郷には「誇るものに溢れている」事を声を大にして自慢している姿であった。「夏休みはどうする?」「絶対弘前に来てくれ」「弘前の夏はねぷた祭りを見れるぜ」しかし仲間の故郷自慢もなかなか手強かったりもするが、負ける気はしない。終いには両親の許可もなく「全員俺の実家に泊まれよ。宿泊代無料だぜ」自己犠牲を払い、更には「俺の弘前の仲間も呼んで、みんなで遊ぼう」古くからの友人を起用してのおもてなし作戦にまで至る。自身の故郷自慢が採用され、食事一つとっても蘊蓄を交えながら、これでもかと言う程の弘前堪能作戦であった。友人たちは帰り際、両親に深々と頭を下げ「お世話になりました。弘前最高でした。また来ます。」こんな言葉を残して戻って行きました。これは、招きたいと想う地域とその伝統文化を先人が強い使命感を持ち次世代に継承してくれたからこそである。名前も知らない、見た事もない誰かが、熱い情熱を注ぎ続けてきたのだ。継承し伝統文化にまで押し上げたのだ。この地域に今、様々な要因で存続が難しい伝統文化がある。今一度この地域の大切な伝統文化を再発掘し、その存続の可能性を見出し、誰かがやるのではなく我々が過去の伝統文化を未来へとつなぐ「架け橋」となります。

よき「冒険」であれ

 物事の移り変わりの早い時代とも言われる昨今、青年期を生きる者として「我々の行動に遅れはないか。」不安を感じる。自分達は今、必要とされる運動を展開できているのか。時代とマッチしているのか。周りではどんな活動が行われているのだろうか。それを知る術はないものか。青年会議所の何処かにその答えはないものか。その一歩を先んじて勇敢な「冒険」をした者の足跡が必ずあるはずです。冒険とは知らない世界を「知る」と言うことです。この地域を飛び出し、様々な活動が行われている事を知り共に学び、その学びを生かしこの地域に新たな変革をもたらすのです。

結びに 一隅を照らす「我らの役目」

 「一隅を照らす」この言葉を不意に思い出した。
『照干一隅 此則国宝(しょうかんいちぐう これすなわちこくほうなり)』
これは「お金や財宝は国の宝ではなく、家庭や職場など自分自身が置かれたその場所で精一杯努力し、明るく輝く事の出来る人こそ、何物にも代えがたい国の宝である」と言う言葉です。単純な私の脳は小学校時代に聞いたこの言葉を今でも覚えている。どの様な状況であろうとも、どのような社会的地位であろうとも生き甲斐を感じながら生活する事で一人ひとりを照らす事が出来る。やがてそれが自然に周囲の心に伝わり他の人達を照らす事になりその結果、お互いが導き助け合い、やがて社会全体を照らす心が拡がって行く。これが「一隅を照らす」の真意である。
青年会議所という組織で、膨大な時間と汗を流し、それを自己の成長とし、我々はこの地域に必要不可欠な人材となって行く事が最大の役目であります。この言葉を胸に2018年度の活動・運動を展開して参ります。

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